東京高等裁判所 昭和61年(ネ)913号 判決 1990年9月27日
控訴人 株式会社朝日新聞社
右代表者代表取締役 一柳東一郎
控訴人 内山幸男
控訴人両名訴訟代理人弁護士 久保恭孝
控訴人株式会社朝日新聞社訴訟代理人弁護士 秋山幹男
被控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 百瀬和男 龍前弘夫
主文
原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
主文同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二当事者の主張
当事者の主張は、次に加えるほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決一三枚目表一〇行目の「少しづゝ」を「少しずつ」に改める。)から、これを引用する。
一 控訴人らの主張
本件記事は、以下のとおり、公共の利害に関する事項につき、もっぱら公益を図る目的で、真実を報道し、公正な論評を加えたものであり、控訴人らは本件記事につき名誉毀損の責任を負わない。
1 本件記事は、公共の利害に関する事項について報道したものである。
すなわち、被控訴人は、現在の医学上の知見によれば治療することができないとされている色覚異常について「色盲色弱は治る」と題する本件著書を出版し、これを全国の学校の保健担当者に大量に送付するなどして、「九八パーセント治る」「間違いなく治る」と大々的に宣伝し、患者を集めていた。これに対し、日本眼科医会は、「被控訴人の治療は学問的に全く根拠がなく、自覚的検査法しかない色覚検査法の欠点を巧みに利用したものにすぎない」とし、「医の倫理にもとる行為であり、国民衛生上問題がある」と文書で治療の自粛を申し入れることを決めた。
本件記事は、被控訴人の治療及び宣伝について日本眼科医会が右の決定を行ったことを報道したものである。本件記事の見出しである「色盲“まやかし”療法」は、被控訴人が石原式検査表の時間的条件及び照明の条件に違反した「まやかし的なことをしている」との日本眼科医会の理事の発言を引用した本件記事の本文からとったものであり、「検査の欠点を利用」との見出しも同様である。
東京眼科医会も、学校医に対し、被控訴人の本件著書に書かれていることは非学問的で利潤のみを追求したものであり、学校保健の場でとりあげるべきではないと警告するなど、被控訴人の治療及び宣伝は社会問題化していた。
言うまでもなく、医師の行う治療方法が有効であるか否か、科学的根拠があるか否か、医学界で認められたものであるか否か、治療の宣伝方法が医の倫理に合致したものであるか否かは、国民の生命や健康にかかわる事項であり、社会公共の重大な関心事である。
本件記事は、まさに右公共の利害に関する事項について報道したものである。
2 また、医療行為の是非という国民の健康に直接結びつく公共の関心事について事実を報道し、厳しい批判を怠らないことは、国民に判断の資料を提供し国民の知る権利に奉仕する使命を負う報道機関の重要な任務である。
控訴人らは、このような立場から、もっぱら公益を図る目的で本件記事を掲載した。
3 日本眼科医会が被控訴人の治療について前記のような見解をもち、自粛申し入れを決めたことは、原判決も認定するとおりであって、本件記事は真実を報道したものである。
名誉毀損の成否について、日本眼科医会の見解の基礎となった事実の真実性が問題になりうるとしても、被控訴人の治療方法には科学的根拠がなく、その有効性を実証するに足りるデータもないのに、被控訴人が「色盲色弱は間違いなく治る」などと大宣伝をしていたことは事実であるし、被控訴人が石原式検査表の時間的条件及び照明の条件に違反した検査を行っていたことも事実であるから、本件記事において摘示された事実は真実である。
そして、被控訴人の治療によって色覚異常が治るとの証明がないのに「治る」と大宣伝していたこと及び被控訴人が石原式検査表の条件に違反した検査を行っていたことの前提事実が真実である以上、日本眼科医会が「この“治療”は学問的に全く根拠がなく、自覚的検査法の欠点を巧みに利用したものにすぎない」「まやかし的なことをしている」と被控訴人の治療を批判したのは公正な批判(論評)であり、国民に対して科学的な医療を保障する社会的使命を負っている日本眼科医会としては当然になすべき批判であった。
また、控訴人らが日本眼科医会の右批判を「色盲“まやかし”療法」「検査の欠点を利用」との見出しで報道し、これに関する市川宏教授ら権威ある色覚研究者のコメントを掲載し、国民の健康に直接かかわる社会的問題につき国民に判断資料を提供したことは、国民の知る権利に奉仕する任務を負う言論機関及びその記者として当然なすべき公正な論評を行ったものである。
右論評は客観的にも公正妥当なものであるが、公共性のある事項に対する論評については、論評(評価)の内容が客観的に妥当である必要はなく、評価の基礎となった事実が主要な部分において真実であるか又は真実性を推測させるに足りる程度の合理的根拠・資料に基づいたものであれば、単なる人身攻撃にわたるものでない限り、その用語・表現が相当激越、辛辣であったとしても、「公正な論評」として違法性を有しない。本件の論評が厳しすぎる、辛辣すぎると受け止める人がいたとしても、本件記事が「公正な論評」にあたることを何ら妨げない。
4 仮に、本件記事が摘示した事実の一部について、真実の証明が尽くされていないと仮定しても、真実と信ずべき相当な理由があったから、名誉毀損の不法行為は成立しない。
すなわち、色覚異常は治療することができず、良導絡療法も効果がない、とするのが医学界の定説であった。被控訴人の治療法についても、わが国の色覚異常の権威者や眼科専門医の団体である日本眼科医会が学問的根拠がないとの見解を表明しており、これに対し、被控訴人から反論の学問的発表は何らされていなかった。また、わが国の色覚異常研究の権威者らは、仮性同色表である石原表がもつ欠点(特性)から、被控訴人の治療によって検査表が読めるようになるのは、色覚異常が治るためではなく、訓練によって読み取る要領を覚えるにすぎない、としており、日本眼科医会は、色覚検査表の欠点を巧みに利用したものだ、としていた。更に、被控訴人が石原表の照明の条件に違反した検査を行っていたことは、日本眼科医会の理事が指摘したほか、関亮教授も同様の指摘をしており、控訴人内山の同僚である近田記者に対する患者の訴えや横浜の中学生への取材によっても裏付けられていた。被控訴人は、控訴人内山の取材申込みに際し、「色覚異常は治らない」との見解に対して何らの反論もできず、取材を事実上拒否した。
右のような状況のもとで、控訴人内山が「色盲色弱が九八パーセント治るとの被控訴人の治療法には学問的根拠がない」「治療効果があるようにみえても、それは検査表から字を読み取る要領を覚えたにすぎず、色覚が向上するわけではない」「初診の際の検査室と治療後の検査室が異なっており、治療後の方が読み取りやすいような光の条件にしているなど、まやかし的なことをしている」「自覚的検査法しかない色覚検査の欠点を巧みに利用したものにすぎない」との日本眼科医会理事らや大熊篤二教授らの指摘が真実を述べたものないし真実に基づく論評であると信じたことには相当な理由があったというべきである。
二 被控訴人の主張
1 本件記事の掲載は、言論の自由や報道の自由ひいては批判・論評の自由といった次元の問題ではなく、全く低次元の刑事事件に類する虚偽報道であり、新聞倫理綱領にさえ違反している。本件は、私人に対し公器を利用した横暴なペンの暴力による人権侵害事件としてとらえるべきである。
2 本件記事に公益を図る目的はなく、その内容は事実に反する。また、本件記事は、日本眼科医会と通謀して、すべて事実に反することを承知で作成されたものであるから、真実と信ずるにつき相当の理由があったとはいえない。
すなわち、控訴人内山は、日本眼科医会の理事らが被控訴人の治療現場を知らないまま想像や推測の話をしたこと及び大熊教授や市川教授も治療現場を知らず、大熊教授の意見書には間違いがあることを知りながら、彼らがいかにも被控訴人の治療の実態を知っているかのごとき事実に反する記事を書いている。反面、控訴人内山は、関教授、野津博士及び崎村良導絡研究所長らから、被控訴人の治療により色盲色弱が治るか又は正常といえるまで色覚が向上している事実を取材しながら、これを隠して全く記事にせず、関教授の話として、いかにもまやかし治療をしているかのごとく変えた虚偽の記事を書いている。また、通院中の患者から取材したとして、三回通ったが全く変化がない、外の景色は変らない、感謝の手紙を書かされたなど事実に反する記事を書いている。日本眼科医会が被控訴人に対し自粛申入れを決めたというが、その手続はとられず、被控訴人のもとに何らの申入れもなされていない。
以上の点からすると、控訴人内山は、公益を図る目的などなく、日本眼科医会の間違った私益を図る意図に意識的に加担したものであることが明らかである。控訴人らにおいて、本件記事が真実であると信ずべき理由は全くなく、むしろ事実に反することを承知で、日本眼科医会に加担して故意に被控訴人の治療をまやかしであると記事にしたものである。
3 本件記事は、公正な論評・正当な批判ではないし、医療の是非を論じたものではない。
すなわち、本件記事は、被控訴人の正当、有効な治療事実をまやかし療法であるとしてその内容まで虚偽の事実によって作り上げたもので、あくまで事実の指摘である。他人の言動等に対する論評や評論でないことは一見して明らかである。
また、世の治療法には学問的な根拠がなくても有効とされているものが数多くあることは常識であり、公知の事実である。学問的に根拠がないことをもって単純にその非難に加担することはできない。しかも、良導絡療法による色盲治療については、関教授の実証的研究という学問的根拠もある。関教授は、昭和三九年ころから色盲治療について研究し、良導絡療法やサンビスタ治療を追試して、その効果のあることを発表し、控訴人内山にもその旨十分説明しているし、また、被控訴人の治療についても正常といえるくらい色覚が向上していると説明している。控訴人内山は、右関教授をはじめ、野津博士及び崎村所長らから取材し、被控訴人の治療の有効なことを確認していたから、被控訴人の治療が検査の欠点を利用したものでないことも熟知していたはずである。控訴人らは、検査表の時間的条件及び照明の条件に違反がある旨主張するが、その事実はない。日本眼科医会での話は、推測程度のものであり、事実に反するものである。
控訴人内山は、これらすべてを承知のうえで、あえて検査の欠点を利用したなど事実に反することをもとに、日本眼科医会が自粛を求める決定をしたとの虚偽の記事を作り上げたものである。これは、公正な報道にはあたらず、医療に対する正当な批評ではないし、医療行為の是非を論じたものでもない。被控訴人の治療方法をまやかし療法であると中傷し、インチキ治療をなしていると報道するにすぎないものである。
第三証拠関係<略>
理由
一 請求原因1の事実(控訴人会社は日刊新聞紙の発行等を目的とする会社であるが、昭和五五年一二月一四日発行の朝日新聞全国版朝刊社会面に本件記事を掲載して頒布し、不特定又は多数の朝日新聞の読者が本件記事の内容を知り得る状態においたこと)は当事者間に争いがない。
本件記事(その全体は別紙のとおりである。)は、「色盲“まやかし”療法」「検査の欠点を利用」「眼科医会自粛申し入れへ」との見出しを掲げて、被控訴人が、現在の医学では治療法がないとされている色覚異常が被控訴人の治療を受ければ九八パーセント治るなどと本まで出して大々的に宣伝し治療を行っていること、これに対して日本眼科医会の常任理事会が「医の倫理にもとる行為であり、国民衛生上問題がある」と文書で治療の自粛を申し入れることを決めたこと、日本眼科医会によると、被控訴人の行っている治療は学問的に根拠がなく、自覚的検査法の欠点を巧みに利用したものにすぎず、検査表による検査には一定の採光と時間といった条件が定められているのに、初診の際の検査室と治療後の検査室とを別にし、治療後の方が検査表を読みとりやすいような光の条件にするなど、まやかし的なことをしているということであり、その料金も安くなく、医療を営利に利用しているとの指摘もあること、色覚異常の研究者は、被控訴人の治療による効果については否定的な見解をもっていること、被控訴人の治療を受けた患者の中にも、治療の効果があがらない旨発言するものもいること、被控訴人は、控訴人株式会社朝日新聞社(以下「控訴人会社」という。)の記者の取材申込みを拒否し、眼科医会が色覚異常は不治であるとしていることを知っている旨の発言をしたこと等を内容とするもので、かかる内容の記事を報道することは、一般読者の普通の読み方を基準にすれば、被控訴人が行っている色覚異常の治療に関して被控訴人の医師としての社会的評価を低下させるものと認めることができる。
二 被控訴人の本件著書の発行及び治療方法等
<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。
1 被控訴人(旧姓乙野)は、東邦大学医学部を卒業し、昭和四一年に医師の免許を取得した皮膚科を専門とする医師である。昭和四七年九月に開業し、東京都豊島区目白三丁目五番一三号フジヤビル二階に乙野皮膚科診療室を設け、エステティック美容法による美顔ルームも併設した。また、クロレラ美顔医学研究所を設立したこともあった。
甲野太郎(以下「甲野」という。)は、昭和二三年に麻布獣医専門学校を卒業し、株式会社和同興業又は株式会社和同という商号の会社を設立して不動産業を営んだほか、旅行斡旋業、健康食品販売業を営んだ。
被控訴人は、昭和五一年ころから甲野と一緒に仕事をするようになり、昭和五二年八月一五日に甲野との婚姻を届け出た。
昭和五一年一二月八日、美顔ルームの経営、美顔ルームの経営の指導、化粧品の製造販売、美容器具の製造販売、美容学校の経営等を目的とする有限会社福和会が設立され、被控訴人と甲野が取締役に就任した。昭和五五年九月三日、右会社の目的にしん灸治療及びしん灸治療の指導、医療用機器の製造販売及び賃貸、リハビリテーション施設・各種運動施設の経営、各種出版物の企画編集及び出版が加えられた。
また、昭和五二年六月二九日、健康食品(クロレラ、ビタミン酵素、ローヤルゼリー)等の輸入及び加工並びに卸販売を目的とする株式会社和同会が設立され、被控訴人及び甲野らが取締役に就任した。昭和五六年八月三一日、会社の目的に書籍雑誌の製作並びに発行、会社及び個人の経営指導並びに経営に関する企画助言、しん灸治療及びしん灸治療の指導、電子医療機器及び医療用機器の研究開発・指導・製造販売並びに賃貸、美顔ルーム・美容学校の経営並びに経営指導、化粧品・美容機具の製造並びに販売、リハビリテーション施設及び各種運動施設の経営を加え、昭和五八年一月八日には商号を株式会社和同ドクターズグループと変更している。
2 甲野は、医師の資格を有していないが、文献により良導絡による色覚異常の治療法があることを知った。
良導絡療法とは、患者の皮膚の電気抵抗を介して、皮膚の交感神経の興奮性を測定し、この興奮性を交感神経反射等により特に高まっている部位(反応良導点)に適当な物理的刺激を加えることによって自律神経の興奮性を調整する療法をいい、中谷義雄博士が昭和二五年に東洋医学のしん灸療法にいうつぼを科学的に発見して良導点と名付け、良導点の連絡された系統を良導絡と呼んだことから始まったものである。中谷博士は、昭和三七年、色覚異常の患者に対して良導絡療法を施したところ色盲表が読めるようになったとして、良導絡療法が色覚異常の治療に効果がある旨発表していた。
甲野は、これに示唆されて、市販されている低周波治療器を利用して色覚異常の治療を行うことを計画し、昭和五四年ころから被控訴人を院長とする目白メディカル・クリニックにおいて色覚異常の治療を始めた。昭和五五年六月当時は、数名ないしそれを少し上まわる数の患者に色覚異常の治療を行っていたにすぎなかった。甲野は、患者を集めるため、都内の高校の保健養護教諭らを訪ねて目白メディカル・クリニックの治療効果を説明したりしていた。
3 甲野は、目白メディカル・クリニックでの色覚異常の治療を大がかりに宣伝するため、本を出版することを企画し、自分で録音テープに吹き込んだものを基に、フリーライターの丙川に対して本件著書の執筆を依頼した。本件著書は、被控訴人を著者として、昭和五五年六月下旬ころKKベストセラーズから定価六九〇円で発行された。
本件著書は、「色盲色弱は治る」と題し、「驚異の治癒効果」「生き方に自信がつく」との副題がついている。全体は、前書きと後書きのほか、六章からなっており、その主な内容を略記すれば、次のとおりである。
(一) まず「私も『色盲が治る』とは思っていなかった」と題する前書き部分で、被控訴人が色盲治療の技術を開発するに至った経緯をくわしく記述している(その中に、基礎医学のベテランである甲野を中心に、基礎医学、臨床医学、心身医学、東洋医学、医用電子、生化学、人間工学の七つの部門の優秀なエリートたちが集まってプロジェクト・チームを組んで研究、開発に当たった旨の記述があるが、右のようなグループの存在をうかがわせる証拠は全くない。)。
(二) 第一章は「色盲色弱は治る」と題する章で、質問回答方式で被控訴人の色盲治療法の効果等を説明している。それによると、<1>被控訴人の治療方法により色盲色弱は九八パーセント治る(本件著書のカバーにも同様のことが印刷されている。)、<2>現代の医学では、色盲の遺伝子まで変えることができないため、学問的には「色盲・色弱が治る」という言葉は使わず、「色覚が正常近くまで向上する」というややこしい表現を使っているが、世間一般の常識的な言葉を使えば「色盲・色弱は治る」と言ってさしつかえない。なぜなら、本件著書で紹介する治療方法により、今まで見えなかった赤や緑などの色彩が正常な人と同じように鮮明に目に映り、色盲検査表が完全に読めるようになるからである、<3>治療期間は、平均すれば一週三回の治療で一三週、約三か月で正常な色覚にまで向上する、<4>一般的な治療方法は、目じりと耳の上端部の線上の二点に針を刺し、良導絡の医用電子機器ノイロメータで直流電流をポイントごとに一〇秒間流すだけであるが、目白メディカル・クリニックでは、針を刺さないで電気刺激による色盲治療法を開発し、最近日本に導入された最新鋭の西独メッサーシュミット社製のレーザー光線のポイント刺激による治療法が効果をあげている。<5>一回の治療費は二〇〇〇円ないし五〇〇〇円であり、色盲検査表の一〇表全部を読むための治療費は、最低七万円、最高二五万円、平均一六万円前後となる、<6>本件著書で紹介する色盲療法は、痛みや副作用はなく、むしろ頭がすっきりする、短期集中治療でも効果はかわらない、完治すれば再発は問題ない、家庭治療はむずかしい、などと説明している。
(三) 第二章では、色盲による進学・就職上の障害や制限を説明し、第三章では、良導絡治療法について説明し、第四章では、患者の体験談という形で被控訴人の治療の効果を強調している。第五章では、「色盲に関する医学常識」と題し、色盲や色盲検査方法等について説明しているが、その中で、学問の世界は別として、石原式色盲検査表が正読できれば、日常生活に問題はないと判定された、つまり色覚は正常であるとみなすのが世間の常識と考えてよい旨説明している。第六章では、本件著書で紹介する治療方法により仮性近視も九五パーセント治ると説明し、最後に後書き部分で、色盲は治らないとする従来の眼科医の態度を非難している。
4 被控訴人と甲野は本件著書の発行後、主に都内の進学高校を中心とする高等学校や自動車教習所等にあてて、本件著書の出版案内と被控訴人の治療方法がすばらしい効果をあげて喜ばれている旨の宣伝をかねた患者紹介を依頼する葉書を送り、また、高等学校の養護教諭にあてて、本件著書を贈呈し、目白メディカル・クリニックの色盲治療効果を宣伝し、患者の紹介を依頼した。更に、本件著書を広告するため、全国版新聞紙上に、「九八パーセント治る 世界が注目奇跡の良導絡治療法」(昭和五五年七月六日付読売新聞)、「九八パーセント治る ショッキングな朗報に全国から問い合わせ殺到 奇跡を生んだ良導絡治療法の秘密全公開」(昭和五五年七月八日付朝日新聞)、「この一冊が日本全国に喜びの嵐を 衝撃的朗報 奇跡の療法が大反響 反応良導点への電気刺激で機能回復」(昭和五五年八月六日付毎日新聞)などの広告を大々的に掲載した。そのほか、本件著書が大いに売れているようにするため、都内の主要書店の店頭に並んでいる本件著書を次々とまとめて買い集めたりした。
5 本件著書の出版により目白メディカル・クリニックの患者は大幅に増えて、一日五〇〇人もの患者が押し寄せるようになり、病院収入も一日二〇〇万円を超える状態になった。
6 ところで、当時の目白メディカル・クリニックで行われていた検査・治療の方法は、次のようなものであった。
(一) まず、患者は、石原式検査表によって色覚異常の程度の検査を受ける。検査の方法は、一つの表を三秒程度見せて判読させるもので、検査の部屋にはけい光燈の照明しかなかった。
(二) 次に、患者は、甲野か被控訴人から治療を受ける。甲野が用意した治療機器(市販されている低周波治療器・良導点探知機の一つであるパルシンエースを良導絡療法で使用する医用電子機器ノイロメーターの外わくに入れたものである。当審証人甲野太郎は、パルシンエースを治療に使っていたことを否定する証言(第一、二回)をしているが、目白メディカル・クリニックで使用する治療機器の構造・性能について具体的な納得のいく説明はなく、右証言は信用できない。なお、前掲証人は、甲野の言として、右治療機器はロッカー内のコンピューターと連動しており、ロッカーを開けると爆発するということであった旨供述している。)によって左右のこめかみあたりに電気刺激が与えられる。その後、最初の検査のときとは別の部屋で石原表をもう一度読まされる。今度は、時間的制限はなく、部屋には、けい光燈のほかに白熱燈の照明も使われていた。石原表を読むことができないと、甲野がガラス棒で表をなぞってヒントを与えることもあった。
そして、当初の検査より石原表がどれだけ多く読めるようになったか、なおどれだけ読めないかが判定された。
(三) その後、患者は、目白メディカル・クリニックに通って前記治療機器を自ら操作して電気刺激を受けたうえ、読めなかった石原表の判読に努めることになる。石原表を読むのに時間の制限は一切なく、眼と石原表との間におく距離についても指示はなく、部屋の照明には白熱燈も使用されていた。石原表が読めたか否かも、患者自身が正解を見て確認していった。そして、石原表が読めると、その結果をカルテに記入し、治療の結果がわかるようになっていた。
(四) 更に、患者は、前記(二)の治療を受けた後、目白メディカル・クリニックにあてた感想文、ファンレターを書くことを勧められた。感想文を書くと、FCM会員となって一日二回又は土曜、日曜日の治療を受けられる等の特典が与えられる旨説明された。多くの患者は、今まで読めなかった石原表が全部判読できるようになったとか、赤い色が見分けられるようになったとか、いかに治療効果があったかを書いた体験感想文を提出した。
(五) 治療代金は、大人一四万円、大学生・高校生一二万円、中学生一〇万円と決められ、一括前払制度であった。治療回数には制限がなかった。
以上の各事実を認めることができる。
被控訴人は、原審及び当審において、石原表による検査をする際治療前と治療後とでは部屋の照明に違いはなく、治療後の検査室で白熱燈を使用したことはない旨供述し、当審証人甲野太郎も、同趣旨の供述(第一、二回)をするが、<証拠>に照らし、右各供述は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
三 本件記事の取材経過等
<証拠略>を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 控訴人内山幸男は、大学を卒業後昭和四五年一二月に控訴人会社に入社し、新聞記者として福島支局、東京本社の経済部、科学部(主に医学部門を担当)で勤務し、昭和五五年九月から社会部に配属された。
2 社会部に配属された当時、いわゆる富士見産婦人科病院事件が社会問題になっていた。控訴人内山は、昭和五五年九月末ころから、右事件の取材グループの一員となり、右事件を契機に産婦人科医会の中で乱診療を自主的に審査する動きが出てきたことを取材していた。右取材に関連して他の診療科目についても同様な動きがあるか否かを取材した。昭和五五年一一月末、右取材のため日本眼科医会に電話したところ、同会の理事から、日本眼科医会において、乱診療を自主的に審査している例として、目白メディカル・クリニックという病院が本を出版して色盲色弱は治ると大々的に宣伝し患者を集めているが、この本の内容には問題があるので内部的に警告文を発するとともに、本人にも自粛を求めることを検討中であることを取材した。これが本件記事執筆の端緒である。
3 当時、豊島区医師会や日本眼科医会、東京眼科医会等は、目白メディカル・クリニックに関して次のような動きをしていた。
(一) 被控訴人の所属する豊島区医師会では、昭和五五年九月ころから、本件著書の内容や目白メディカル・クリニックの宣伝方法等が問題になっていた。同月二六日、理事会において、目白メディカル・クリニック問題について医道審議会の審議を要請することになり、医道審議委員が池袋保健所を訪問したり、目白メディカル・クリニックを訪ねたり、被控訴人と面接したりしていた。
(二) 日本眼科医会は、本件著書に対する色覚専門家の意見を求めた。大熊篤二横浜市立大学名誉教授は、大要次のような意見書を提出した。
色覚異常が良導絡治療で治るとの根拠は、石原表が読めるようになるとのことである。しかし、石原表が読めるということと色覚が正常者に近くなるということとは全く異なる。石原表は、読み方を訓練していない被検者に対し、規定の秒数の呈示によって得られた回答に基づいてのみ正しい判定ができるように作られているが、異常者には全く分からないようになっているわけではなく、短時間の観察では分かりにくいように作られているにすぎない。したがって、石原表を繰り返し時間をかけて観察することで、異常者にも、どういう点に注意を向ければ正常者と同じ読み方ができるかの要領が分かってくる。石原表が正読できるのは、良導絡治療によるものではなく、検査を繰り返した結果、正常者と同じ読み方ができる要領を覚えたにすぎない。石原表が正読できるようになることは、日常生活における色の見え方も正常に近くなり支障がなくなることを意味するものではない。石原表が正読できるようになるのは、異常者が似たように見える異った色斑の差に注意を向けることに習熟することによるのであるから、日常生活においてもこれまで気づかなかった僅かな色の差に注意を向けるようになり、従来区別しがたかった色を区別できるようになるかもしれないが、色覚そのものが変化したわけではない。色差に対する注意力が増しただけである。
(三) 東京眼科医会は、昭和五五年一〇月一五日付け「東眼医ニュース」をもって、都内の学校医担当者に対し、目白メディカル・クリニックの治療について批判するとともに、本件著書を児童、生徒に紹介しないよう求める注意を与えた。
その内容は、次のとおりである。
「本年九月始め、都立高校の保健担当者あてに、「色盲・色弱は治る」との本が著者から贈呈の形で郵送された。
この本は目白メディカル・クリニック院長甲野花子氏が本年七月に出したもので、その要旨は、良導絡治療を行うと、石原式色盲表の読める表の数がふえてくるから、即ち色盲が治ると称しているものである。
本年八月、日本眼科医会でもこれに関して協議を行い、我国の色覚の専門家にコメントを求め、市川名大教授、大熊横浜市大名誉教授、太田東京医大助教授等から夫々、治療による効果判定が全く医学的でないから、有効であるとは認められないとの回答を得た。特に市川教授は、子供に色盲が治るという期待感をもたせ、そして数か月後に絶望させることが精神的な有害とすれば、この甲野氏の色盲治療はまさに有害である、と述べられた。
この本に書かれたものは全く非学問的で利潤のみを追求した(一〇~二〇万円以上の治療費がかかる由)もので、学校保健の場でとりあげるべきものではないと思われるので、本会としては、東京都教育庁に対し、各学校あてに適切な通達を出して頂きたいと申入れたところ、逆に現段階では、学校医の先生方が夫々の担当校について調査並に指導をして頂きたいとの要請を受けた。
日本眼科医会の方では、文部省に対してはすでに口頭で報告し、検討を頼んであり、又厚生省にも申入れを行うことになっているが、会員各先生方には誠に御多忙中申訳ありませんが、何卒宜しく御理解の上、各学校の養護教諭等を改めて教育されてこの本を児童、生徒に紹介すること等のないようにして頂きたいと存じます。
現在は都内の高校が甲野氏の目標になって居りますが若しこれが成功すれば中学、小学校にも又他府県等にも波及する恐れがありますのでどうか宜しく御願い申上げます。」
(四) 昭和五五年一〇月及び一一月に開催された医道審議会において目白メディカル・クリニックの問題が審議された。
4 控訴人内山は、同僚の近田記者が、昭和五五年九月一〇日ごろ目白メディカル・クリニックの患者数名から、富士見産婦人科病院と同じように医者でない男が検査等をし、検査表を読めないと怒鳴っているなどの通報を電話で受けたことを聞かされていたので、日本眼科医会の理事からも前記のような指摘のあった目白メディカル・クリニックに関心をもち、早速本件著書を購読した。控訴人内山は、良導絡療法を改良した治療方法で色覚異常が治るとしている本件著書の記載内容に疑問を感じ、昭和五五年一二月初めころから関係者に対する取材を始めた。
なお、近田記者に対して右通報がなされた経過は、おおむね次のようなものであった。
(一) 高校生であったBは、本件著書の新聞広告を見て、昭和五五年七月下旬から同年九月上旬までの間、夏休みを利用して佐世保から上京し目白メディカル・クリニックで色覚異常の治療を受けていた。同年九月初め、石原表を購入し、喫茶店の赤い照明のもとで読んでみると、目白メディカル・クリニックで読むときよりも表がはっきり読めることに気付いた。石原表には、七五センチの距離をおくこと、タングステン電球照明は使ってはならないこと、見る時間はおおよそ三秒以内にすること等の検査の際の条件が書いてあったが、Bの経験した目白メディカル・クリニックの検査は右条件に反するものであった。
(二) Bは、宿泊先の旅館に戻り、目白メディカル・クリニックの治療を受けるため同じ旅館に宿泊していた北海道の高校生C、徳島大学の学生Dらに対し、目白メディカル・クリニックの照明等検査方法に問題があることを話した。Bらは、目白メディカル・クリニックの治療方法や効果に疑問を感じたが、なお色覚異常が治癒する可能性もあると考えて、目白メディカル・クリニックの治療を受けることを止めなかった。
(三) 右Dは、昭和五五年九月一〇日から大学の新学期が始まるので、目白メディカル・クリニックから治療の機械を六万五〇〇〇円で買い受けて徳島に帰った。あらかじめ東京で注文していた石原表を徳島で受け取り、太陽光線のもとでこれを読んでみた。ところが、目白メディカル・クリニックでは石原表の一〇表全部が読めることになっていたのにもかかわらず二表しか読めなかった。Dは、目白メディカル・クリニックの治療にBの指摘するような問題があり、色覚異常の治療に効果がないことを確信した。
(四) Dは、すぐに東京の前記旅館に戻り、Bらに徳島で経験した事実を報告した。そこで、BやCらは、目白メディカル・クリニックの治療の実態と問題点を伝えるため、控訴人会社に電話して、医者でない男が検査し、検査表が読めないと怒鳴っているとか、治療中に感謝の手紙を書かされたとか、治療後は赤っぽい電気を使って検査するとかの目白メディカル・クリニックの治療の実情をそれぞれ伝えた。これが近田記者に対する通報である。
5 控訴人内山は、まず、本件著書に再三名前が登場して色覚異常研究の権威であると紹介されていた関亮独協医科大学教授に対して電話で取材した。
関教授は、控訴人内山の取材に答えて、良導絡療法によって色覚は向上し、色弱が弱くなることはあるが、治るものではないし、目白メディカル・クリニックで治ったという人をみたけれども治癒していなかった、治療代として一四万円を前金でとっている、目白メディカル・クリニックの宣伝は誇大広告である、目白メディカル・クリニックでは石原表だけで検査をして正しい色覚検査をしていない、患者の話によると、治療の前と後では部屋が違っていて、治療前は普通のけい光燈のもとで検査をしているが、治療後は石原表が読みやすくなる色温度が低い赤っぽい光のもとで検査しているとのことである、本件著書には関教授の研究データを無断で使用している等と説明した。
なお、関教授は、右取材を受けるときまでに目白メディカル・クリニックの患者と次のような接触があったものである。
(一) 関教授は、昭和五五年六月二一日ころ、被控訴人から、目白メディカル・クリニックで治療した患者が治癒したかどうかみてほしい旨依頼された。関教授が患者を検査したところ非常に弱度の色弱であると診断された。しかし、目白メディカル・クリニックで治療を受ける前の患者の色弱の程度が分らないため、目白メディカル・クリニックの治療で治癒したか否か判断することはできなかった。関教授は、被控訴人にその旨伝えた。
(二) 更に、昭和五五年九月六日ころ、本件著書を読んで良導絡の治療を受けたというEが、関教授のところを訪れ、色覚異常が治ったか否か検査してほしい、色覚異常が治っていなければ目白メディカル・クリニックを紹介してほしい旨申し出た。関教授が検査したところ、色盲表はすべて読むことができたが、アノマロスコープの検査の結果、非常に弱い色弱で正常と紙一重であることが分かった。そこで、関教授は、Eを目白メディカル・クリニックに紹介するとともに、Eに治療後再度検査させてほしい旨頼んだ。しかし、Eはその後関教授のところを訪ねなかったため、目白メディカル・クリニックの治療の効果について判定することはできなかった。
(三) 昭和五五年九月上旬ころ、前記の徳島大学々生Dは、本件著書に関教授の名前が掲げてあったことと甲野が目白メディカル・クリニックに関教授も患者を紹介してきたと自慢していたのを聞いていたことから、関教授に抗議する意味で電話をし、関教授に対して、目白メディカル・クリニックの治療は本当に効果があるか否か尋ね、目白メディカル・クリニックでは検査の前と後では照明が違い、使用している光線に問題があること等を説明した。関教授は、目白メディカル・クリニックの治療が効果があるか否かはわからないが、勝手に名前を使われて困っている旨答えた。
6 次に、控訴人内山は、色覚異常の研究で著名な市川宏名古屋大学教授に電話で取材した。
市川教授は、控訴人内山の取材に対して、色覚異常の原因についての現在の学説を説明したうえ、色覚異常は生体の色素の異常で始まっているから、通電や灸が色覚異常に効果があるとは理論的に考えにくい、本件著書に書かれた治療方法が色覚異常に効くとの他覚的証明がない、過去にも何回か色覚異常に対する治療方法が出てきては消えていったが、今回のようにマスコミを使って大々的に宣伝したのは初めてであり、社会的にも問題である旨説明した。
7 控訴人内山は、更に、本件著書に色盲治療をするところとして目白メディカル・クリニックと並んで名前が掲げてあった良導絡研究所(但し、被控訴人が提出した<証拠略>(本件著書の初版本)では、良導絡研究所の名前は削除されている。)に電話し、所長の崎村徹男から取材するとともに、たまたま居合わせた野津謙良導絡自律神経学会会長からも取材した。
崎村所長は、控訴人内山の取材に対して、良導絡による色覚異常治療の歴史を簡単に説明のうえ、良導絡によって色覚は向上するけれども色覚異常が治ったとはいえない、石原表が全部読めても色覚異常が治ったことにはならない、本件著書には売らんかなの目的があり、良導絡研究所にも一般患者から問い合わせがあるが、大変困っている旨述べた。
更に、野津会長は、良導絡療法の推進者として、本件著書に「世界が注目する待望の本だ」「いま治癒率一〇〇%に近い大きな効果をあげ、世界的に注目されている」などとする推せん文を寄せていた学者であるが、控訴人内山に対し、自律神経学会としては「治る」という表現は困るので「向上」に改めるよう申し入れてある、色覚異常の治療については治るといえる段階まで研究を続けていかなければならないと説明した。
8 控訴人内山は、本件著書の出版社であるKKベストセラーズに対して取材し、本件著書の初版本の発刊が昭和五五年六月末ころであり、当時約八万部発行されていることを確認した。
9 控訴人内山は、昭和五五年一二月一二日の夕方、国鉄目白駅北側のビルの二階にある目白メディカル・クリニックを訪ね、患者が待合室からあふれている状況を目撃した。
そこで、控訴人内山は、患者の一人である横浜の中学三年生から事情を聞いた。同人は、九月から通い始めており、石原表は少しよく読めるようになったが、普段の見え方には変化がない、男の先生がいろいろやってくれるが、初診の人が入る部屋と検査の部屋とは照明が異なると説明した。
更に、控訴人内山は、東京都内の営業担当の会社員(三五歳)からも事情を聞いた。同人は、一二月から始めて現在まで三回の治療を受けたが、効果は全くない、しかし、もともとだまされたと思ってやっていることで、一四万円程度であれば駄目でも安いものだと思っていると述べた。
10 控訴人内山は、昭和五五年一二月一三日午前一〇時三〇分ころ、目白メディカル・クリニックに電話し、被控訴人に取材を申し入れた。これに対し、被控訴人は、治療以外の件については仲間と相談して決めるが、これまで取材やインタビューには一切答えていない、その理由は、土曜日の午後も日曜日も休まず、深夜まで診療しており大変忙しいからである旨答えた。控訴人内山が「専門医は、色覚異常は治らないと言っているのはご存知ですね」と尋ねると、被控訴人は「そうですね」と答え(右問答のあったことは当事者間に争いがない。)、特に反論しなかった。控訴人内山は、本件著書に目白メディカル・クリニックのグループに何人かの優秀な眼科の教授がいると書いてあったので、被控訴人の専門科目を尋ねてみたところ、被控訴人は、専門は皮膚科であり、グループの中で医師の免許を持つのは被控訴人一人である旨答えた。控訴人内山は、被控訴人と直接会って是非話を聞きたいと思い、被控訴人に対し、会う会わないにかかわらず、相談した結果の返事をほしい旨申し入れ、控訴人会社の電話番号を伝えた。被控訴人は、返事できるか否かも分からない旨答えた。結局、被控訴人からの連絡はなかった。
11 控訴人内山は、昭和五五年一二月一三日午後七時ころ、東京都新宿区内にある日本眼科医会を訪ね、佐野充常任理事や岸田博公常任理事(学校保健担当)ら数名の理事から取材した。
日本眼科医会の理事らは、控訴人内山に対し、日本眼科医会で同日常任理事会を開き、被控訴人の行為は医の倫理にもとるものであり、国民衛生上問題があるので、自粛を申し入れて注意を喚起することを決定した、文案については佐野理事に一任したが、年内に文書で通知を出すことにした、医の倫理にもとる行為とは、都内の各学校に本件著書を大量に送りつけ、色覚異常者の紹介を依頼するなど医業を営利・商売に利用していることをいい、国民衛生上問題があるとは、色覚異常が治るとは一般の人と同じように見えるようになることをいうべきであるのに、単に石原表を読めることを治ると宣伝しており、しかも、石原表のような自覚的な検査は、心理的要因、照明あるいは時間といった要因が働く弱点があるが、この弱点を巧みに利用したいんちきな療法であり、治療の前後で見えにくい条件から見えやすい条件に変えていると思われるなど、まやかし的な治療を行っていることをいう、自粛を求める決定をする前に、色覚異常の研究者の集まりである色覚研究会に意見を求めたが、専門家から、本件著書に記載された治療方法は医学的には有効と認められないとの回答を得た旨説明し、控訴人内山に資料として大熊篤二名誉教授作成の意見書<書証番号略>と東眼医ニュース<書証番号略>を手渡した。
なお、本件記事が掲載された後、日本眼科医会に対して被控訴人から抗議の内容証明郵便が送られ、昭和五六年一月一六日には本件訴えが提起された(記録上明らかな事実である。)ので、日本眼科医会は、すでに決定した被控訴人に対する自粛の申入れを見合わせている。
12 控訴人内山は、日本眼科医会の取材後、再度被控訴人と連絡をとろうと思い、同日午後九時ころ、目白メディカル・クリニックに電話したが、電話には誰も出なかった。電話帳等で被控訴人の自宅の電話番号を捜したが、見付からなかった。被控訴人から取材を拒否されたと判断した控訴人内山は、以上の取材に基づき、被控訴人の宣伝、実施している色覚異常の治療方法が効果のないものであれば大きな問題があると考え、これを指摘する目的で、被控訴人の治療方法とこれに対する日本眼科医会の批判的見解・対応とを紹介し、更に専門家の消極的意見、評価をまじえた本件記事を執筆した。
13 本件記事が掲載された後の昭和五五年一二月一七日、被控訴人、和同会グループの事務局長と称する丙川らが控訴人会社を訪れ、本件記事の取材が一方的であり、再取材を求める旨抗議した。そこで、控訴人内山は、昭和五五年一二月二七日ころ、目白メディカル・クリニックを訪ね、丙川事務局長立会のもと、被控訴人から取材した。控訴人内山は、被控訴人に対し、本件著書に九八パーセント治ると書いてあったので、その数字の根拠、すなわち、いつからいつまでの期間の何人の患者を治療した結果に基づいて算出した数字であるか、治療途中あるいは治療を中断した患者はどのように取り扱ったか等を訪ねたが、被控訴人は、数字はコンピューターに入っており整理中というだけではっきりと答えなかった。また、控訴人内山は、本件著書では石原表を長時間読ませている様子であったので、石原表の検査の条件について尋ねたところ、被控訴人は、直ちに答えることができず、更に、石原表を読ませることは治療なのか検査として行っているのかを尋ねたが、被控訴人は、答える必要はない旨発言するだけで、実質的な取材はできなかった。
以上の各事実を認めることができる。
証人関亮は、原審において、目白メディカル・クリニックでは治療の前と後では部屋が違い照明も異なっていることを誰かから聞いた覚えはあるが、誰から聞いたか記憶がない、控訴人内山とその点について話しをしたのは、電話での取材を受けた後(本件記事後)に会ったときではないか、控訴人内山から電話で取材を受けたときにその話が出たとすれば、控訴人内山の方から出た話であり、それに対して赤い色の下で石原表が読みやすくなるのは当然である旨説明したのではないかと思う旨目白メディカル・クリニックの照明の説明についてあいまいな証言をし、当審においては、昭和五九年九月に目白メディカル・クリニックの光線はおかしいとの電話を受けたことはない、目白メディカル・クリニックの照明が違うとの話しは控訴人内山から出たものである旨断定的に証言し、<証拠略>にも昭和五九年九月に右のような電話を受けたことがない旨の記載がみられる。
しかし、前記5(三)で認定したとおり、患者であるDが昭和五五年九月上旬ころ関教授に対して抗議の意味で電話をし、目白メディカル・クリニックの照明がおかしい旨伝えていることは、<証拠略>により認められるところであるし、関教授が控訴人内山の取材に答えて、患者から治療後の部屋には赤っぽい光が使ってある旨聞いたと説明したことは、<証拠略>により認められるところであって、関亮の原審及び当審における前掲各証言部分並びに<証拠略>の記載は採用できない。
以上の認定に反する<証拠>は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四 色覚異常の検査及び従来の治療法と被控訴人の治療方法の有効性等
<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 色覚異常の原因は、網膜の中にある錐体細胞に含まれる三種類の色素のいずれかの欠除又は異常であるといわれる。そして、錐体細胞の異常は遺伝するものであり、異常な錐体色素を正常にすることは不可能である。後記のように、これまで色覚異常に対する治療方法はいくつか提唱されたが、いずれも眼科学会で有効と承認されたものでない。これら治療方法が一見有効そうに見えるのは、色覚検査の方法が自覚的方法によっているため、検査の慣れによって検査成績が向上することによると考えられている。
色覚異常者の能力そのものを改善することはできないが、訓練によって色覚を向上させることは可能である。訓練によって能力を有効に使えるようにすることができるわけである。
以上が眼科学会のほぼ定説である。
2 色覚異常の検査方法としては、<1>単色光を用い生理学的に色覚を測定するアノマロスコープ(検査方法が難しく、器機そのものも高価であるが、医学的に正確な診断をつけるために必要な検査といわれている。)、<2>色覚異常者にとって識別しにくい色(混合色)で作られた表の判読によって色覚正常者と色覚異常者を区別する仮性同色表(いわゆる色盲表)、<3>一五色の色を似ている順に並べる検査である色相配列法、<4>信号灯のような小さい色の光を見せてその色の名前を言わせるランタン・テストがある。これらは、いずれも自覚的検査法であるため、意識や環境などの条件によって検査結果が異なったり、練習や慣れによって検査結果が変化するといわれている。
ところで、いわゆる色盲表には、石原式色盲表、東京医大式色覚検査表、石原大熊式色覚異常検出表程度表、標準色覚検査表等の種類がある。いずれも色覚異常者の色混同を誘発するものであるが、正常者にとっても図形を認めにくくしているのであって、正常色覚と異常色覚とを絶対的に分けうるものではなく、正常者には比較的見やすく、異常者には見にくいという相対的な区別ができるにすぎないから、色盲表による検査には、正常と異常との差が出やすい適切な条件がある。各検査表には、照明、呈示時間、眼からの距離など最も効果のある条件が定められているから、この条件を守って検査しなければならない。
石原表では、次の条件を守ることを要求している。
距離について、およそ七五センチメートルより近くない距離で表の面が視線とほぼ垂直になるようにする。距離がこれより近いと異常者に読めないはずの表が読めたり、逆に距離がこれより遠いと正常者に読めるはずの表が読めなくなったりする。
照明について、昼光下の一様な明るさの中で見せるようにする。直射光と通常のタングステン電球照明は使ってはならない。やむを得ない場合には、天然白色けい光灯を使う。また、照度はあまり高くてはならないので、五〇〇ルクスを超えないようにする。
見せる時間について、数字表についてはおよそ三秒以内とし、曲線表及び直線表をたどらせる場合にはおよそ二〇秒以内とする。
右のような色盲表による検査では、訓練や慣れによって検査成績が向上すること及び赤い照明のもとでは色盲表が読み易くなることは眼科関係者の間では広く知られている。
3 色覚異常に対する治療方法としては、今まで、自家血清法(一九一九年)、クロモホリン療法(一九二七年)、甲状腺製剤(一九三八年)といった薬物療法、色盲補正練習表による療法(一九三五年)、色光照射と補色残像による訓練法(一九五六年、一九五八年)、色光共振周波刺激訓練(一九六二年)といった練習による補正治療法、フィルターによる補正治療法、良導絡による治療法が発表されているが、いずれも眼科学会で有効性を確認されておらず、色覚異常に対する治療方法がないというのが定説である。
これらのうち、中谷義雄博士の唱導した良導絡療法については、前記二2で判示したとおりであるが、前記関亮教授は、昭和四一年の第七〇回日本眼科学会総会における宿題報告「色覚異常の治療と対策」において、戦後発表された色覚異常に対する治療法の効果の追試結果について発表し、その発表内容を昭和四一年一一月一〇日発行の日本眼科学会雑誌に掲載している。
これによると、良導絡療法による治療効果について、良導絡学会の会員によって治療された一四の症例を検査した結果、アノマロスコープや仮性同色表等の個々の検査で検査結果が向上しているものが散見されるので、今後更に追試を重ねて、その効果を確認する必要があるとし、「結語」として「先天性色覚異常者の治療は、従来あまり有効な方法はなかったのであるが、良導絡と「サンビスタ」が、未だ完全に色覚異常を治すものとはいい難いが、従来の方法に比べて、より有効な治療法である事を認めた。その治療条件を改善する事によって、より以上の効果が望めるかも知れず、不治と言われたこの疾患に一縷の光明が訪れたと思う。多くの追試者によって確認される事を切望する。」とまとめている。しかし、その後に良導絡による治療効果を認めたとする第三者による追試結果の発表はなく、また、関教授が良導絡と同様に治療効果があるとしたサンビスタによる選択刺激周波訓練法については、その治療効果を否定する追試結果が発表されている。
関教授は、昭和四一年八月二七日発行の日本医事新報においても同趣旨の論文を発表し、良導絡による色盲治療と題する雑誌にも「先天性色覚異常の良導絡治療成績」として前記研究結果を発表している(後者では、学校用色盲表が全部読めるようになったと治療医から報告のあった患者について、石原表、アノマロスコープ等で検査したところ色弱と判定された例もあり、中谷博士が主張するように学校用色盲表が全表読めたものを臨床的治癒と呼ぶことは賛成できないし、アノマロスコープ、石原表が正常化したものは一例もないので、特に治癒という表現を用いることは反対であるが、効果があることは確実と思われるから、現在のところ「色覚が向上する」という表現を用いるのが適当であろう。今後さらに追試を重ねて効果を確認したい、としている。)。
中谷博士も、その後は、良導絡療法によって色覚異常が治るのではなく色覚が向上するのである、色盲検査表が正しく読めるということは向上したことであって、治ったことにはならないとしたうえ、良導絡療法によって色覚が向上するとの認識を広めていくべきである旨提案している。
4 被控訴人が本件記事掲載当時に目白メディカル・クリニックにおいて採用していた治療方法については、被控訴人自身がその詳細を明らかにしていないが、前記二3で認定した本件著書の内容及び前記二6で認定した治療の実態からすれば、良導絡療法による色覚異常の治療に使われる電気針の刺入にかわり、電導子により電気刺激を与える治療方法であると推測される。しかし、目白メディカル・クリニックの治療方法が色覚異常に対して従来の治療方法によるのとは異なる格別の治療効果があるとの医学的検証はなされていない。関教授は、昭和六二年に開かれた第九回色覚研究会夏期セミナーにおいて、「先天性色覚異常の治療効果について」と題して、目白メディカル・クリニックが本件記事後に採用しているJPJC法と称する治療方法で著効を得た症例と、韓国から来日した六名の色覚異常者の治療成績とを発表したが、治療前の検査方法、検査基準、検査データなどが明らかにされず、出席者からはその発表の非科学性について厳しい批判が寄せられている(被控訴人は、そのほかにも、目白メディカル・クリニックの治療効果を報ずる雑誌、新聞、書籍を提出しているが、いずれも目白メディカル・クリニックの発表を基にするものと認められ、医学的な効果を肯定する証拠とはなり得ない。)。
また、前記二6認定のように、被控訴人の治療を受けた多くの患者は、検査表が読めるようになったなどの体験談を記載した感想文を提出したりしているが、感想文作成の経緯からすれば、右体験談の内容の真実性自体問題であるばかりでなく、その読めた又は見えたとする体験が目白メディカル・クリニックの治療そのものの医学的効果であるのか、治療に伴う心理的暗示効果であるのか、あるいは検査に対する慣れ又は訓練の結果であるのかは明らかでない。例えば、治療を七、八回受けたところ、鮮やかな景色が見違えるほどきれいに見えるとの感想文<書証番号略>を書いたBは、当審証人として、そういう感じは目白メディカル・クリニックを出てから一〇分か二〇分くらいしか続かなかったと供述しているのであり、また、同人が昭和六二年五月東京の他の病院で各種の検査法による検査を受けた結果では色覚異常との診断がなされている。同様の診断例は他にもみられる。更に、検査表は正読できるようになったけれども、皿の色は分からないという患者もいたことが明らかにされている。もともと、色覚異常者の色認識ないし視覚体験は多様な諸条件に支配され、様々でありうる性質のものであるから、治療によって色覚が改善したか否かは、患者の主観的体験によるのではなく、第三者の行う各種の客観的検査によってこれを実証的に確認することが必要であるところ、本件当時において、被控訴人の治療を受けた患者についてかかる客観的検査による確認が行われたことはない。
本件記事掲載当時目白メディカル・クリニックの治療方法が色覚異常に対する治療として医学的効果があったことは明らかにされていなかったといわざるを得ず、その治療により石原表を正読できるようになったのも、治療により色覚が向上したためというよりは、むしろ先に認定した目白メディカル・クリニックの検査条件ないし環境の下での判定結果であるか、あるいは検査に対する慣れ又は訓練の結果によるものである可能性を否定することができない。
以上のとおり認めることができる。原審及び当審における証人関亮の証言中これにそわない部分は採用せず、他に右認定を妨げるに足りる的確な証拠はない。
五 名誉侵害による不法行為の成否
1 個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和を図る見地に立てば、批判、論評等を含む表現行為により、その対象とされた人の社会的評価を低下させることになった場合でも、当該表現行為が公共の利害に関する事項に係るもので、その目的がもっぱら公益を図ることにあり、かつ、その前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど批判、論評としての域を逸脱したものでない限り、右表現行為による名誉侵害の不法行為は成立しないというべきである。
2 まず、本件記事は、医師である被控訴人の治療及び宣伝・広告行為に関する報道であるから、医師法一条、二条、一七条、医療法六九条等の各規定及び事柄の性質、内容に照らして、公共の利害に関する事項に係るものであると認められる。
3 そして、本件記事の内容と前記三で認定した本件記事の取材経緯、執筆目的等を考慮すれば、本件記事の執筆・報道はもっぱら公益を図る目的に出たものと認めるのが相当である。
被控訴人は、控訴人らには公益を図る目的などなく、日本眼科医会と通謀して同会の不当な私益を図る意図に意識的に加担したものであると主張するが、そのように認めるべき証拠はない。
4 そこで、本件記事の内容ないしその前提としている事実の真実性について検討する。
右検討の対象となる本件記事は、医学上不治とされてきた色覚異常の治療方法に関するものである。科学の進歩に伴い、従来不治とされてきた疾患について新たな治療法が発見、開発され、あるいはそれまで異端視されてきた治療法の有効性が承認されるに至ることがありうること、更には、世上いまだ学問的に解明されない治療法が有効として行われている例も見られることは、否定しがたい事実である。しかし、本件訴訟は、もとより、右のような事実があることを前提にして被控訴人の色覚異常に対する治療方法の有効性について科学的判定を下すことを目的とするものではない。本件当時一般に承認されていた医学水準に基づき、被控訴人の治療方法を根拠のないものとして指摘、批判することがどこまで真実として是認されるかを判断するものである。したがって、被控訴人の治療方法が科学的に全く成り立つ余地のないことまでを論証することが、真実性の証明として必要とされるわけではない。
(一) 本件記事のうち、見出しを除いた前書(リード)と本文(但し、伝聞の内容については後記(二)(三)において検討する。)については、前記二ないし四で認定した事実に照らせば、大筋において真実の証明があったと認めることができる。
すなわち、被控訴人が現在の医学では治療法がないとされている色覚異常が九八パーセント治るなど本を出して大々的に宣伝し治療していること、これに対し日本眼科医会の常任理事会は、「医の倫理にもとる行為であり、国民衛生上問題がある」と文書で自粛を申し入れることを決めたこと、日本眼科医会の理事らは、被控訴人の治療や検査の内容、方法について本件記事記載のように説明をし、本件記事記載のような意見を述べたこと、大熊教授が本件記事記載のような内容の意見書を提出したこと、関教授が良導絡による色覚異常の治療及び被控訴人の治療等について本件記事記載のような説明をしたこと、目白メディカル・クリニックの患者から本件記事記載のような取材をしたこと、北海道の高校生から本件記事記載のような電話が控訴人会社にあったこと、被控訴人は、控訴人内山の取材に対して本件記事記載のように答えたこと、及び市川教授が色覚異常及びその治療について本件記事記載のような説明をしたことは、前記二ないし四で認定したとおりであって、いずれも主要な点において真実であったと認めることができる。
(二) 次に、本件記事のうち、日本眼科医会からの伝聞に係る内容について検討する。
(1) 被控訴人の治療が学問的に全く根拠がないとの点について
被控訴人の治療方法は、基本的には良導絡によるもの、あるいは良導絡に示唆されたものと推測されるが、良導絡によって色覚異常が治ることは医学的には承認されていない。関教授が昭和四一年の日本眼科学会総会において発表した内容も、良導絡が完全に色覚異常を治すものとはいえないが、他の治療方法に比べて有効な治療法である、とするものであり、この見解がその後に客観的な第三者の追試等により実証、支持されているわけではなく、眼科学会において良導絡によって色覚異常が治癒することは承認されていない。良導絡の研究者も、本件記事掲載の当時、良導絡によって色覚異常が治るのではなく色覚が向上する旨主張していたにすぎない。
ところで、被控訴人は、目白メディカル・クリニックで実際に施行している治療方法について、良導絡によるとする以上にその具体的な仕組みや原理あるいは学問的根拠を何も公表していなかったし、本件訴訟においてもこれを明らかにしていない。その一方、本件著書において、前記二3(二)で認定したように、色盲の遺伝子までを変えることはできないので、学問的には「色盲・色弱が治る」という言葉は使わないけれども、被控訴人の治療方法によると、今まで見えなかった赤や緑などの色彩が正常人と同じように鮮明に目に映り、色盲検査表が完全に読めるようになり、「色覚が正常近くまで向上する」から、世間一般の常識的な言葉を使えば「色盲・色弱は治る」と言ってさしつかえないとしている。この限りでは、「治る」という言葉を学問的意味の治癒とは区別して用いているといえるのであるが、右のように赤や緑などの色彩を正常人と同様に鮮明に見ることができ、しかも、本件著書によれば九八パーセントの人が治り、完治すれば再発はないとされているのであるから、治療を受けた患者のほぼ全員につき色覚異常がないといえる状態にまで回復することを強調していることは明らかである。
しかし、従来の良導絡療法についても、そこまでの治療効果があることは実証されていなかったのであり、まして被控訴人の治療法による右のような顕著な治療効果について医学的・学問的な検証が行われ、その根拠が示されていたとは到底いいがたいものであった。
この点、被控訴人は、学問的な根拠がなくとも有効とされている治療法は数多く存在し、被控訴人の治療方法も有効である旨主張する。しかし、被控訴人の治療を受けた後に色盲表が読めるようになったのは、すでに認定したとおり、被控訴人の検査が読解しやすい照明や時間のもとで行われたことや、色盲表を繰り返し読ませる練習によって読解できるようになったものである可能性を否定できず、被控訴人の治療によって色覚が正常近くまで向上した結果であると認めることはできない。また、患者の感想文が被控訴人の治療方法の有効性の証拠になり得ないことも、前記説示のとおりである。他に、被控訴人の治療が色覚異常に対して本件著書で強調しているような顕著な効果があることを認めさせるに足りる客観的、合理的な証拠はない。
右の事情を前提にすれば、被控訴人の治療が学問的に全く根拠がないと論評し、批判することは、事実の基礎を欠くものではなく、許されるといわなければならない。
(2) 被控訴人の治療は自覚的検査方法しかない色覚検査法の欠点を巧みに利用したものであるとの点及び被控訴人の検査はまやかし的なことをしているとの点について
前記の認定によれば、自覚的検査方法である色盲表による色覚異常の検査には、照明、時間、距離などに一定の条件が定められているにもかかわらず、目白メディカル・クリニックでは、初診の際の検査室と治療後の検査室が異なっており、治療後の検査室の方が読み取りやすい照明になっていたことは真実であると認められるし、時間や距離に関する条件も守られず、訓練の効果により検査成績が向上するような検査をしていたと認められるから、被控訴人の検査は、自覚的検査方法しかない色覚検査法の欠点を巧みに利用したものであるといえる。
そして、右の検査を前提にして、被控訴人の治療の効果が顕著にあがったことを強調しているとすれば、被控訴人の治療もまた右色覚検査法の欠点を巧みに利用したものといわざるを得ないし、被控訴人の検査はまやかし的なことをしていると評することも事実に基づくものであり、許されるといわなければならない。
(3) 被控訴人の治療が医療を営利に利用しているとの点について
被控訴人の治療の料金は、一括前払制で、大人一四万円、大学生・高校生一二万円、中学生一〇万円であったことはすでに認定したとおりであり、被控訴人の治療の方法・内容・効果及び被控訴人の宣伝・広告方法をも併せ考慮すれば、被控訴人の治療は、医療を営利に利用していると批判されてもやむを得ないものと認められる。
(4) 被控訴人の治療は医の倫理にもとる行為であり、国民衛生上問題があるとの点について
すでに右(1) ないし(3) で認定・説示したところによれば、被控訴人の治療を医の倫理にもとる行為であり、国民衛生上問題があると批判、論評することは許されるものといわなければならない。
(三) 本件記事のうち、関教授からの伝聞に係る患者の証言内容について検討する。
本件記事には、取材の際の関教授の発言として、「同教授のもとにきた目白メディカル・クリニックの患者は、治療前の検査室は普通のけい光灯なのに、治療後の部屋は色温度が低い、赤っぽい光の部屋になっていると証言した」旨記載されているが、前記三5(三)で認定したとおり、目白メディカル・クリニックの患者であったDが、関教授に対して電話で、目白メディカル・クリニックでは検査の前と後では照明が違い、使用している光線に問題がある旨説明したと認められるし、また、目白メディカル・クリニックの初診の検査室と治療後の検査室とでは照明が異なり、後者では白熱燈の照明が使われていたことも前記認定のとおりであるから、本件記事の右伝聞内容は、主要な点において真実と認めることができる。
(四) 次に、本件記事の見出しについて検討する。
すでに認定・説示したとおり、被控訴人の治療方法は、現代の医学水準によれば学問的根拠を有するものとはいいがたく、また、その顕著な治療効果なるものも客観的には確認されていないにもかかわらず、被控訴人は、その治療により「九八パーセント治る」「色覚が正常近くまで向上する」と大々的に宣伝して患者を集め治療していること、また、その検査方法は所定の検査条件に違反しているものであり、それによる検査結果をもって治療の効果があがったかのごとくに見せていることからすれば、被控訴人の治療が、正体のはっきりしないもの、疑わしいもの、信用できないものとの評価、批判を受けることは免れないところというべきである。本件記事の掲げた「色盲“まやかし”療法」との見出しは、右のようなことを表わすものと認められるのであり、その用語に若干品位を欠く嫌いはあるものの、これをもって事実にそわない見出しであるとまでいうことはできない。
また、「検査の欠点を利用」との見出しも、前記(二)(2) で説示したとおり、事実に基づく指摘であることは明らかである。
(五) 右に検討したところによると、本件記事の内容は、主要な点において真実であり、批判、論評にわたる部分も事実に即したものであると認めることができる。そして、右批判、論評が被控訴人に対する人身攻撃に及ぶなど批判、論評の域を逸脱しているとは認められない。
5 してみると、控訴人らが本件記事を報道したことは、被控訴人の社会的評価を低下させるものではあるけれども、名誉侵害の不法行為は成立しないというべきである。
六 以上の次第で、被控訴人の請求は失当として棄却すべきであり、これと判断を異にする原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消して、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 小林正明 裁判官 山中紀行は、転補につき、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 佐藤繁)